見過ごされる“イランリスク”──原油市場に潜む不確実性
サウジアラビアは、イランへのより厳しい制裁と引き換えに、トランプ政権と裏で何らかの合意を交わしていたのでしょうか。
4月3日の「リベレーション・デー(解放の日)」に、OPECプラスは5月からの増産を3か月前倒しで発表しました。その直後、アメリカは各国に対して報復関税を発表しています。このタイミングの一致から、多くの市場関係者は、今回の動きが(1)政治的意図を持ったものであり、(2)何らかのメッセージを発するものであると受け取っています。
この2つの動きが重なったことでWTI価格は急落し、現在の1バレル60ドル前後という水準では、米国シェールの減速は避けられないとの見方が強まっています。
今回の発表と関税政策のタイミングにより、多くのエネルギー関係者の間では、COVID-19がピークに達していた2020年3月に、サウジが原油価格戦争を仕掛けたときの記憶がよみがえりました。
ただ、個人的には今回の状況は、むしろ2018年に近いように感じられます。当時、トランプ政権はイランへの制裁と引き換えに、サウジに増産を求めました。サウジは2018年6月に日量100万バレルの増産を約束し、それを受けてブレント価格は一時的に80ドルを超えました。しかしその後、トランプ氏は方針を変更し、制裁実施を半年間見送る決定を下しました。
サウジはこの時の経験から学び、今回は3か月前倒しとはいえ、増産のペースを意図的に抑えているように見受けられます。
これは主に、トランプ政権が発足して以降もイランの原油輸出がほとんど影響を受けていないことが背景にあります。本日も新たにタンカーへの制裁が報じられましたが、イランの原油輸出に大きな影響を与えることはないと見られています。エネルギー業界の専門家の間では、制裁が実効性を持たないことはよく知られています。ロシアの原油輸出を見れば明らかです。2022年に課された制裁が、どれだけの効果を持ったでしょうか。
ただ、ここには興味深い力学も存在しています。原油価格が60ドル前後にとどまっている限り、トランプ政権はイランの原油輸出に対してさらに強硬な姿勢を取る余地があると考えるでしょう。制裁の厳格な執行にとどまらず、軍事的手段の選択肢も含め、あらゆる対応が視野に入っていると見られます。